2008.03/31(Mon)
うるさぁーい!!
私が息子にイライラするとき、って一日に何回もありますが、優しく(当人比)対応できるときと、そうでないときがあります。
今朝もどかーん
と爆発してしまいましたorz
息子はすぐ物をどこかへやってしまっては
「ない、ない、ないのぉー!!」
と、大騒ぎするのです。
おまえはこうしくんかっ!
↓↓↓

(とっとこハム太郎のキャラクターで、いつも大事なタネをなくしては探しています)
さっきまで使っていた文房具やおもちゃをひょいとどこかにおいては大騒ぎ。
おそらく、
部屋が散らかっている
視野が狭い
注意力が散漫
自分で探そうという意欲が乏しい
見つからなくて困った、どうしよう!とパニック
などが原因でこうなってしまうんだろうと思いますが、
私自身「物がみつからない」ということがとてもストレスなので、息子のキィーキィー声を一日に何回も聞かされているので、時々我慢できなくなってしまいます。
自分自身も同じことで悩んでいるんだから、息子に優しくしてやれればいいのに、逆に
もっとしっかりしてちょうだい!
とか、
いろんなものが散らかってるからいけないのよ!みんな捨てちゃうからね!!
とか、ひどいことばかり言ってしまって、ハアー今日もダメ母だ
自分の未解決の問題を突きつけられているからカチンとくるのか、単に冷たい性格なのか…。
なんにせよ、子供相手にカッカするなんて、修業が足りんのだ…と反省しつつ、この文章を打っていると…
「おかーさん、はさみがないー!」
もう、私はUじゃないんだから、そんなことわからないよ…
とブツブツ言いながら探したけれど見つかりません。
息子もそれなりに探したのですが、やっぱり見つからない。
すると、
真っ赤な顔をして、涙をためながら
「この頭が悪いんだ」
とげんこつでゴツゴツと鈍い音を立てて自分の頭を殴っています。
もちろんすぐ止めて、自分も他人もぶったらいけないと言いましたが…。
時々そんなことがあります。
自分に絶望して「自分が悪い」と自分を責めるのです。
幼稚園ではそれなりにやっているようで、発達障害は私の思い過ごしだったのかな?と思いつつあったのですが、こんな様子を見ると、やはり心配になってしまいます。
はさみ、早くでてこーい!
今朝もどかーん

と爆発してしまいましたorz
息子はすぐ物をどこかへやってしまっては
「ない、ない、ないのぉー!!」
と、大騒ぎするのです。
おまえはこうしくんかっ!
↓↓↓

(とっとこハム太郎のキャラクターで、いつも大事なタネをなくしては探しています)
さっきまで使っていた文房具やおもちゃをひょいとどこかにおいては大騒ぎ。
おそらく、
部屋が散らかっている
視野が狭い
注意力が散漫
自分で探そうという意欲が乏しい
見つからなくて困った、どうしよう!とパニック
などが原因でこうなってしまうんだろうと思いますが、
私自身「物がみつからない」ということがとてもストレスなので、息子のキィーキィー声を一日に何回も聞かされているので、時々我慢できなくなってしまいます。
自分自身も同じことで悩んでいるんだから、息子に優しくしてやれればいいのに、逆に
もっとしっかりしてちょうだい!
とか、
いろんなものが散らかってるからいけないのよ!みんな捨てちゃうからね!!
とか、ひどいことばかり言ってしまって、ハアー今日もダメ母だ

自分の未解決の問題を突きつけられているからカチンとくるのか、単に冷たい性格なのか…。
なんにせよ、子供相手にカッカするなんて、修業が足りんのだ…と反省しつつ、この文章を打っていると…
「おかーさん、はさみがないー!」
もう、私はUじゃないんだから、そんなことわからないよ…
とブツブツ言いながら探したけれど見つかりません。
息子もそれなりに探したのですが、やっぱり見つからない。
すると、
真っ赤な顔をして、涙をためながら
「この頭が悪いんだ」
とげんこつでゴツゴツと鈍い音を立てて自分の頭を殴っています。
もちろんすぐ止めて、自分も他人もぶったらいけないと言いましたが…。
時々そんなことがあります。
自分に絶望して「自分が悪い」と自分を責めるのです。
幼稚園ではそれなりにやっているようで、発達障害は私の思い過ごしだったのかな?と思いつつあったのですが、こんな様子を見ると、やはり心配になってしまいます。
はさみ、早くでてこーい!
2008.03/27(Thu)
お姑さま
先日blogに書きましたお姑さまは無事退院しました。
私は2日に1回のお見舞いから開放されて、ホッとしたのもつかの間、「携帯電話を買いたい」というので付き合ったり、今日はUと二人でおでかけです。
Uは今晩姑宅に1人でお泊りの約束で、張り切って出かけました。
姑も傍目に分かるウキウキ気分でまるでデート
夫の両親は離婚しています。
夫は母親に、夫の兄は父親に引き取られました。
夫が5年生の頃のことです。
離婚原因はよくわからないのですが、母親にいい人ができたのが一因のようです。
ま、そこまでに至るには、夫婦の間でいろんなことがあったのだと思います。
結局いい人とはうまく行かなかったようです。
そして夫と二人で生活していたのですが、離婚するまで会社づとめをしたことがなかったそうで、簿記など勉強したり、仕事を掛け持ちしたこともあったそうでかなり苦労したようです。
現在は70歳目前、すでに退職し、1人で我が家と車で30分くらいの距離に暮らしています。
ちなみに夫の兄は心臓発作により27歳で亡くなり、父親はそれから一人で暮らしていましたが、5年ほど前、熟年再婚(こんな言葉あるのかな?もちろん別の女性と)しています。
私が結婚前に知り合いに
「夫となる人が母一人子一人で育った」
と言うと
「マザコンかも知れないからよく考えたほうがいいよ」
と、真剣にアドバイスされました。
冬彦さん、なんて言葉ありましたよね?
でも夫は「冬彦さん」ではありませんでした。
夫は姑を憎んでいたのです。
姑は思ったことはすぐ口にも態度にも出す人で、マイナスの言葉で夫(当時思春期)をコントロールしようとしたり、イライラをぶつけることもあったのです。
口答えすると
「お前はおやじにそっくりだ」
「お前じゃなくて兄貴を連れてくればよかった」
「中学出たら働いて家にお金を入れろ、お前の年で働いてる人は大勢いる」etc.
さすがに高校には進学させてくれたものの、卒業後は働こうと心に決めていた夫でしたが、進路指導の先生に
「片親でいいところに就職するのは難しい。育英会や奨学金を利用して大学へ行ってみないか」
と言われ、大学進学を心に決めました。
もちろん、姑は大反対しましたが、予備校にも通わずに志望校に合格しました。
浪人はありえないし、受験料がもったいないので滑り止めも1校しか受けられない中でです。
高校生の頃からいろんなバイトを経験し、大学生になってからは交通費さえもバイト代でまかない、育英会への返済は結婚後まで続きましたが、姑は「自分が大学まで出してやった」と自信満々、夫は自分のいいように過去の出来事を変えてしまう姑にほとほと嫌気がさしているが、見捨てることもできず、でもなるべく距離をおきたいと思っていました。
結婚後、勘当同然の私に
「私を本当のお母さんだと思ってね、私も自分の娘と思って接するからね」
と言ってくれました。
それは私を思いやっての言葉のように聞こえましたが、実は無意識のうちに我が子との深い溝に不安を感じて、私を味方に付けようとしたのかもしれません。
なぜなら、3人で食事などすると、必ず親子喧嘩が始まるのです。
だいたいは、姑が身体にいいからとか好き嫌いはよくないとか言って夫の嫌いなものを無理やり食べさせようとしてしつこく言うというような些細なことから始まります。
でも、子供の頃からキライだったものを、せっかく3人で食事しようというときに出さなくてもよさそうなものですよね。
そして案の定いらないと言われて
「ほんとにこの子は昔からかわいくないんだよ」
と言うんです。
私、なんてリアクションしたらいいのか途方にくれました。
そんなことが続いて少し疎遠になっていたのですが、孫が出来て俄然張り切り、産後帰る実家がない私を助けるという名目で、我が家にまたやってくるようになりました。
おむつ、おふろ、何枚何を着させるか、私のやることがいちいち気に入らないらしく、さらに母乳が足りないからミルクを飲ませろ、私はあふれるほど出たけどね…などなど
本当にうるさくてうるさくて、姑にうんざりしていた夫の気持ちがよーくわかりました。
でも私は逆らえませんでした。
嫁って逆らっちゃいけないんだって思ってたんです。
帰る実家がないって辛いですね。
せいぜい、こちらからは連絡しないというくらいのことでしか抵抗できませんでした。
そんなこんなで今日まで来ました。
息子が1人で姑の家に泊まりに行くことを夫は反対しています。
「ただ甘やかしたいだけで泊まらせたいんだ。今後は駄目」
だそうです。
息子はおばあちゃんと前々から約束していたので、春休みに入ったら張り切って何日も前からバックに支度を詰めたり出したりして楽しみにしていたので、今回は限定で許可なのだそうです。
姑いわく「春休みで退屈していてUがかわいそうだし、さなぎちゃんもゆっくりしてちょうだい」だそうで。
これも姑の作戦なんでしょうかね…。
今回の姑の入院中、2週間の間、夫は一度も見舞いに行きませんでした。
私は夫の気持ちもよく分かるので、「行く?」とはきいても「行きなさいよ」とは言いませんでした。
快気祝いの席で、姑の妹が
「一度くらいお見舞いきてほしかったよねえ」
と言うので、私が
「そのかわり、Uがパパの名代で参りました。『Uが行ったほうが俺が行くよりよろこぶよ』と言ってましたよ」
とその場の思いつきでそういうと
姑は「それでもやっぱり息子に会いたかったねぇ」
と弱弱しく言っていたので、なんだかかわいそうになり、帰宅後
「おかあさんがあなたにお見舞いに来て欲しかったっていってたわよ」
と伝えると、
「兄貴が生きてりゃ兄貴にそういうんだろ!今更俺に頼るんじゃねえ!自分で招いた結果じゃないか!!」
と真っ赤になって怒りました。
少し泣いているようでした。
夫は母親を憎んでいるけど、もっともっと愛して欲しかったんだなと思いました。
せつないです。
読みにくい文章を長々お読みいただきありがとうございました。
私は2日に1回のお見舞いから開放されて、ホッとしたのもつかの間、「携帯電話を買いたい」というので付き合ったり、今日はUと二人でおでかけです。
Uは今晩姑宅に1人でお泊りの約束で、張り切って出かけました。
姑も傍目に分かるウキウキ気分でまるでデート

夫の両親は離婚しています。
夫は母親に、夫の兄は父親に引き取られました。
夫が5年生の頃のことです。
離婚原因はよくわからないのですが、母親にいい人ができたのが一因のようです。
ま、そこまでに至るには、夫婦の間でいろんなことがあったのだと思います。
結局いい人とはうまく行かなかったようです。
そして夫と二人で生活していたのですが、離婚するまで会社づとめをしたことがなかったそうで、簿記など勉強したり、仕事を掛け持ちしたこともあったそうでかなり苦労したようです。
現在は70歳目前、すでに退職し、1人で我が家と車で30分くらいの距離に暮らしています。
ちなみに夫の兄は心臓発作により27歳で亡くなり、父親はそれから一人で暮らしていましたが、5年ほど前、熟年再婚(こんな言葉あるのかな?もちろん別の女性と)しています。
私が結婚前に知り合いに
「夫となる人が母一人子一人で育った」
と言うと
「マザコンかも知れないからよく考えたほうがいいよ」
と、真剣にアドバイスされました。
冬彦さん、なんて言葉ありましたよね?
でも夫は「冬彦さん」ではありませんでした。
夫は姑を憎んでいたのです。
姑は思ったことはすぐ口にも態度にも出す人で、マイナスの言葉で夫(当時思春期)をコントロールしようとしたり、イライラをぶつけることもあったのです。
口答えすると
「お前はおやじにそっくりだ」
「お前じゃなくて兄貴を連れてくればよかった」
「中学出たら働いて家にお金を入れろ、お前の年で働いてる人は大勢いる」etc.
さすがに高校には進学させてくれたものの、卒業後は働こうと心に決めていた夫でしたが、進路指導の先生に
「片親でいいところに就職するのは難しい。育英会や奨学金を利用して大学へ行ってみないか」
と言われ、大学進学を心に決めました。
もちろん、姑は大反対しましたが、予備校にも通わずに志望校に合格しました。
浪人はありえないし、受験料がもったいないので滑り止めも1校しか受けられない中でです。
高校生の頃からいろんなバイトを経験し、大学生になってからは交通費さえもバイト代でまかない、育英会への返済は結婚後まで続きましたが、姑は「自分が大学まで出してやった」と自信満々、夫は自分のいいように過去の出来事を変えてしまう姑にほとほと嫌気がさしているが、見捨てることもできず、でもなるべく距離をおきたいと思っていました。
結婚後、勘当同然の私に
「私を本当のお母さんだと思ってね、私も自分の娘と思って接するからね」
と言ってくれました。
それは私を思いやっての言葉のように聞こえましたが、実は無意識のうちに我が子との深い溝に不安を感じて、私を味方に付けようとしたのかもしれません。
なぜなら、3人で食事などすると、必ず親子喧嘩が始まるのです。
だいたいは、姑が身体にいいからとか好き嫌いはよくないとか言って夫の嫌いなものを無理やり食べさせようとしてしつこく言うというような些細なことから始まります。
でも、子供の頃からキライだったものを、せっかく3人で食事しようというときに出さなくてもよさそうなものですよね。
そして案の定いらないと言われて
「ほんとにこの子は昔からかわいくないんだよ」
と言うんです。
私、なんてリアクションしたらいいのか途方にくれました。
そんなことが続いて少し疎遠になっていたのですが、孫が出来て俄然張り切り、産後帰る実家がない私を助けるという名目で、我が家にまたやってくるようになりました。
おむつ、おふろ、何枚何を着させるか、私のやることがいちいち気に入らないらしく、さらに母乳が足りないからミルクを飲ませろ、私はあふれるほど出たけどね…などなど
本当にうるさくてうるさくて、姑にうんざりしていた夫の気持ちがよーくわかりました。
でも私は逆らえませんでした。
嫁って逆らっちゃいけないんだって思ってたんです。
帰る実家がないって辛いですね。
せいぜい、こちらからは連絡しないというくらいのことでしか抵抗できませんでした。
そんなこんなで今日まで来ました。
息子が1人で姑の家に泊まりに行くことを夫は反対しています。
「ただ甘やかしたいだけで泊まらせたいんだ。今後は駄目」
だそうです。
息子はおばあちゃんと前々から約束していたので、春休みに入ったら張り切って何日も前からバックに支度を詰めたり出したりして楽しみにしていたので、今回は限定で許可なのだそうです。
姑いわく「春休みで退屈していてUがかわいそうだし、さなぎちゃんもゆっくりしてちょうだい」だそうで。
これも姑の作戦なんでしょうかね…。
今回の姑の入院中、2週間の間、夫は一度も見舞いに行きませんでした。
私は夫の気持ちもよく分かるので、「行く?」とはきいても「行きなさいよ」とは言いませんでした。
快気祝いの席で、姑の妹が
「一度くらいお見舞いきてほしかったよねえ」
と言うので、私が
「そのかわり、Uがパパの名代で参りました。『Uが行ったほうが俺が行くよりよろこぶよ』と言ってましたよ」
とその場の思いつきでそういうと
姑は「それでもやっぱり息子に会いたかったねぇ」
と弱弱しく言っていたので、なんだかかわいそうになり、帰宅後
「おかあさんがあなたにお見舞いに来て欲しかったっていってたわよ」
と伝えると、
「兄貴が生きてりゃ兄貴にそういうんだろ!今更俺に頼るんじゃねえ!自分で招いた結果じゃないか!!」
と真っ赤になって怒りました。
少し泣いているようでした。
夫は母親を憎んでいるけど、もっともっと愛して欲しかったんだなと思いました。
せつないです。
読みにくい文章を長々お読みいただきありがとうございました。
2008.03/26(Wed)
波動のキカイ
先日、魔法使いの先生の診察を受けてきました。
先生は
あるときは麻酔科のお医者様として、
あるときは漢方医としてご活躍ですが、
私が診察を予約する日は心と身体をトータルで診てくださいます。
先生はホメオパシーやフラワーエッセンス、ほかほか、耳つぼetc.いろんなワザをお持ちで、私のそのときの状態によっていろんな方法で癒してくださいます。
そして毎回最後に「波動のキカイ」というものを使って身体の調子を整えてくださいます。
「波動のキカイ」は、金属の丸い棒を両手に1本ずつ持ち、その棒の先はコードになっていて、電子レンジくらいの大きさの「波動のキカイ」と繋がっています。
画面がタッチパネルになっていて、先生がそのときの私の身体の状態や改善したい症状を設定してくれるのですが、なにせすべてドイツ語???みたいなので、のぞいてもちんぷんかんぷんです。
そして1時間くらい棒をもったまま簡易ベットに横になります。
夜寝る前に目をつぶると、ちかちか星がみえたりしますが、波動のキカイにかかっているときは、まぶたの裏にオーロラの光の色のカーテンが次々と見えます。
横になってすぐは先生が私の上で手をかざしてくださいます。
そのときは、黄色や緑の光(先生の基本オーラだそうです)が見えます。
そのうち先生が部屋を出て行かれると、ピンクの濃淡や紫、青などが夕焼けのようにグラデーションでゆっくり色が変わったり、急に風が吹いてカーテンがめくれるみたいになったり、さっと色が変わったりします。
とてもいい気持ちで、自分の身体が愛で満たされるような気持ちです。
終了後は、すっきり目覚めて視力がよくなったような気がします。
私は近視ですが、普段裸眼で過ごしているので、いろんなものがくっきり見えるようになったと強く感じます。
肩こりは消えてしまって、いつもより肩の関節がぐるぐる良く回る感じがします。
もちろん、ほかの不調も良くなるし、病院まで乗り換え乗り換えで、片道2時間かかるけど、帰宅しても元気はつらつ、絶好調になるので、とても気に入っています。
波動のキカイに興味ない方、長々書いてしまいごめんなさい。
実は、今回の診察日に、この波動のキカイの開発者が見学にいらしたのです。
魔法使いの先生は、その開発者の方がいらっしゃる前に、私がキカイを使って治療を受けているところを見学してもよいかとお聞きになったので、私は大変光栄に思い、承諾しました。
その開発者の方はドクターは外国人と日本人のお付の者???を伴って入室されました。
私はすでにキカイにかかってオーロラを見ている最中だったので、挨拶をして入ってこられたときに、目を開けて少しにっこりしただけでまた目をつぶってしまいましたが、なんとなく部屋の空気がいい空気になったように感じました。
ドクターのオーラとかそういうもののせいなんでしょうかね??
私がキカイにかかっているところとご覧になって、写真を撮っていかれました。
いつも魔法使いの先生に何か恩返しがしたいと思っていたので、ほんの少しですが、お役に立てたかなとうれしく思いました。
そして、このようなすばらしくて不思議な発明をなさったドクターにちらとでもお会いできるなんて、人生のなかでそう何回もあることではないと思い、めぐり合わせに感謝しました。
先生は
あるときは麻酔科のお医者様として、
あるときは漢方医としてご活躍ですが、
私が診察を予約する日は心と身体をトータルで診てくださいます。
先生はホメオパシーやフラワーエッセンス、ほかほか、耳つぼetc.いろんなワザをお持ちで、私のそのときの状態によっていろんな方法で癒してくださいます。
そして毎回最後に「波動のキカイ」というものを使って身体の調子を整えてくださいます。
「波動のキカイ」は、金属の丸い棒を両手に1本ずつ持ち、その棒の先はコードになっていて、電子レンジくらいの大きさの「波動のキカイ」と繋がっています。
画面がタッチパネルになっていて、先生がそのときの私の身体の状態や改善したい症状を設定してくれるのですが、なにせすべてドイツ語???みたいなので、のぞいてもちんぷんかんぷんです。
そして1時間くらい棒をもったまま簡易ベットに横になります。
夜寝る前に目をつぶると、ちかちか星がみえたりしますが、波動のキカイにかかっているときは、まぶたの裏にオーロラの光の色のカーテンが次々と見えます。
横になってすぐは先生が私の上で手をかざしてくださいます。
そのときは、黄色や緑の光(先生の基本オーラだそうです)が見えます。
そのうち先生が部屋を出て行かれると、ピンクの濃淡や紫、青などが夕焼けのようにグラデーションでゆっくり色が変わったり、急に風が吹いてカーテンがめくれるみたいになったり、さっと色が変わったりします。
とてもいい気持ちで、自分の身体が愛で満たされるような気持ちです。
終了後は、すっきり目覚めて視力がよくなったような気がします。
私は近視ですが、普段裸眼で過ごしているので、いろんなものがくっきり見えるようになったと強く感じます。
肩こりは消えてしまって、いつもより肩の関節がぐるぐる良く回る感じがします。
もちろん、ほかの不調も良くなるし、病院まで乗り換え乗り換えで、片道2時間かかるけど、帰宅しても元気はつらつ、絶好調になるので、とても気に入っています。
波動のキカイに興味ない方、長々書いてしまいごめんなさい。
実は、今回の診察日に、この波動のキカイの開発者が見学にいらしたのです。
魔法使いの先生は、その開発者の方がいらっしゃる前に、私がキカイを使って治療を受けているところを見学してもよいかとお聞きになったので、私は大変光栄に思い、承諾しました。
その開発者の方はドクターは外国人と日本人のお付の者???を伴って入室されました。
私はすでにキカイにかかってオーロラを見ている最中だったので、挨拶をして入ってこられたときに、目を開けて少しにっこりしただけでまた目をつぶってしまいましたが、なんとなく部屋の空気がいい空気になったように感じました。
ドクターのオーラとかそういうもののせいなんでしょうかね??
私がキカイにかかっているところとご覧になって、写真を撮っていかれました。
いつも魔法使いの先生に何か恩返しがしたいと思っていたので、ほんの少しですが、お役に立てたかなとうれしく思いました。
そして、このようなすばらしくて不思議な発明をなさったドクターにちらとでもお会いできるなんて、人生のなかでそう何回もあることではないと思い、めぐり合わせに感謝しました。
2008.03/20(Thu)
感動(b^-゜)
今日から息子は春休み
でも、外は春の大嵐
なので、朝から教育テレビをつけっぱなしにしていました。
すると、NHK全国学校音楽コンクールの課題曲を紹介する番組が始まりました。
この番組は、NHK主催で毎年行われる合唱コンクールの課題曲小学校の部、中学校の部、高校の部をそれぞれ紹介する番組です。
私は小中学校と合唱や吹奏楽をやっていたので、懐かしく見入って(聞き入って)いました。
今年の中学校の部の課題曲は、アンジェラ・アキさんの作詞作曲で「手紙」という曲でした。
アンジェラ・アキさんが学生時代に、未来の自分へ宛てた手紙を書いた経験を元に作ったそうです。
年甲斐もなく、
というのかそれとも
年のせいで何もかもゆるんでいるのか
号泣(T^T)
前半は誰にも言えない悩みを未来の自分に打ち明け、後半は自分を信じて生きていきますといった内容だった
ように思います
だって感動し過ぎて、よく覚えてないのさ┐(´ー`)┌ゴメンネ
10代半ばの自分も、実は30代半ばを過ぎた今の自分も、迷ってばかりなんです。
だから、昔の自分が涙を流しただけでなく、今の自分も一緒に泣いちゃったんです。
精神的に幼いのです…お恥ずかしい(^o^;)
コーラスアレンジも素晴らしかったです。
歌っているティーンたちも、それぞれの青春を精一杯生きてほしい!
なんて強く思いました。
おせっかいオバサンですね
コーラスも良かったけど、ご本人が歌うのも聴いてみたいな〜と思いました
でも、外は春の大嵐
なので、朝から教育テレビをつけっぱなしにしていました。
すると、NHK全国学校音楽コンクールの課題曲を紹介する番組が始まりました。
この番組は、NHK主催で毎年行われる合唱コンクールの課題曲小学校の部、中学校の部、高校の部をそれぞれ紹介する番組です。
私は小中学校と合唱や吹奏楽をやっていたので、懐かしく見入って(聞き入って)いました。
今年の中学校の部の課題曲は、アンジェラ・アキさんの作詞作曲で「手紙」という曲でした。
アンジェラ・アキさんが学生時代に、未来の自分へ宛てた手紙を書いた経験を元に作ったそうです。
年甲斐もなく、
というのかそれとも
年のせいで何もかもゆるんでいるのか
号泣(T^T)
前半は誰にも言えない悩みを未来の自分に打ち明け、後半は自分を信じて生きていきますといった内容だった
ように思います
だって感動し過ぎて、よく覚えてないのさ┐(´ー`)┌ゴメンネ
10代半ばの自分も、実は30代半ばを過ぎた今の自分も、迷ってばかりなんです。
だから、昔の自分が涙を流しただけでなく、今の自分も一緒に泣いちゃったんです。
精神的に幼いのです…お恥ずかしい(^o^;)
コーラスアレンジも素晴らしかったです。
歌っているティーンたちも、それぞれの青春を精一杯生きてほしい!
なんて強く思いました。
おせっかいオバサンですね
コーラスも良かったけど、ご本人が歌うのも聴いてみたいな〜と思いました
2008.03/19(Wed)
U語録
子供って、時々「ほぉ〜!」と大人をうならせるようなこと言いますよね。
今日、夕食の支度をしていたら、黙って粘土で遊んでたUが突然
「100年先まで笑っていこうね」
と言ったのです。
びっくりして
「どうしてそう思ったの?」
と聞くと
「ずっとお母さんといたいからさ」
なんて嬉しいことを言ったとおもったら、すぐまた粘土遊びに集中してしまいました。
先日はまたまた突然
「女の子って何でできてるの?」
と聞くので
「
愛と光
でできてるのよ
」
と答えたら、
「男の子は何でできてるの?」
と聞くので、
「男の子も
愛と光
よ」
と言うと、
「違うよ。
優しさとか強さ
でできてるんだよ。」
どっひゃー
なんてキザなんだ
これまでも、何かやらかして、私がUをくどくど叱っていると
「怒ってるママも、泣いてるママもかわいいよ
」
なんて涙目で言う息子でした。
もしやイタリアの血が混じってるのではないかと思う母です。
今日、夕食の支度をしていたら、黙って粘土で遊んでたUが突然
「100年先まで笑っていこうね」
と言ったのです。
びっくりして
「どうしてそう思ったの?」
と聞くと
「ずっとお母さんといたいからさ」
なんて嬉しいことを言ったとおもったら、すぐまた粘土遊びに集中してしまいました。
先日はまたまた突然
「女の子って何でできてるの?」
と聞くので
「
と答えたら、
「男の子は何でできてるの?」
と聞くので、
「男の子も
と言うと、
「違うよ。
どっひゃー
なんてキザなんだ
これまでも、何かやらかして、私がUをくどくど叱っていると
「怒ってるママも、泣いてるママもかわいいよ
なんて涙目で言う息子でした。
もしやイタリアの血が混じってるのではないかと思う母です。
2008.03/15(Sat)
幼稚園バック
去年の今頃は、Uの入園準備で毎日ミシンと格闘していました( ̄ー ̄)
凝り性な私は、12月ごろからまず入園準備グッズの本を図書館から借りたり、買ったり(中古で
)してデザインを考えて、考えて、考えて…実際に本格的に作り始めたのは3月に入ってからでしたorz
「友達がたくさんできますように」「お互いの個性を発揮しつつ助け合いの気持ちを持ってほしい」ということから、「くれよんのくろくん」という絵本のイラストをアップリケした絵本バック、体操着入れやスモックなどにもくろくんのワンポイントのアップリケや手作りの消しゴムはんこで統一感を出しました。
頑張って作った入園グッズ達は写真に撮って、ある入園準備グッズを扱う雑誌の手作りコンテストに応募しました。
そして、なんと!
その雑誌のHPに写真入りで紹介されました!
努力賞
(引っ張ったわりにしょぼくてスミマセン)
でもよい記念になりました
実名で紹介されているのでURLは載せません。
自己満足な日記でごめんなさい。
凝り性な私は、12月ごろからまず入園準備グッズの本を図書館から借りたり、買ったり(中古で
「友達がたくさんできますように」「お互いの個性を発揮しつつ助け合いの気持ちを持ってほしい」ということから、「くれよんのくろくん」という絵本のイラストをアップリケした絵本バック、体操着入れやスモックなどにもくろくんのワンポイントのアップリケや手作りの消しゴムはんこで統一感を出しました。
頑張って作った入園グッズ達は写真に撮って、ある入園準備グッズを扱う雑誌の手作りコンテストに応募しました。
そして、なんと!
その雑誌のHPに写真入りで紹介されました!
努力賞
(引っ張ったわりにしょぼくてスミマセン)
でもよい記念になりました
実名で紹介されているのでURLは載せません。
自己満足な日記でごめんなさい。
2008.03/13(Thu)
ブログタイトル
ブログの更新をサボっていたのは、忙しさだけではありませんでした。
携帯から更新しにくいんですぅー
今日も携帯で書いてますが、長い文章が途中で切れちゃうのです。
それから、ブログの内容と中身が合っていないので、タイトル変更したいと昨年からずっと思っていたのですが、全然おもい浮かびません
と言うわけで仮のタイトルにしてみました
センスなさ過ぎですね
これからもよろしくお願いします
携帯から更新しにくいんですぅー
今日も携帯で書いてますが、長い文章が途中で切れちゃうのです。
それから、ブログの内容と中身が合っていないので、タイトル変更したいと昨年からずっと思っていたのですが、全然おもい浮かびません
と言うわけで仮のタイトルにしてみました
センスなさ過ぎですね
これからもよろしくお願いします
2008.03/11(Tue)
ご無沙汰しております
1月は「いく」
2月は「にげる」
3月は「さる」
と言うそうですが、
気が付けばもう1ヶ月以上ご無沙汰しておりました。
この間、何をしていたのかというと、何かに打ち込んでいたというわけでなく、なんだか流されるままの毎日でした。
いくつか事件があって、あらら…という間に時間がたってしまったんです。
まず、2月の頭に夫が運転中、住宅街の交差点で左後部をぶつけられてしまいました。
スピードが出てなかったからか、幸い双方に怪我はありませんでした。
こちらの車は夫しか乗っていなかったので、後ろのガラスはめちゃめちゃに割れたそうですが、事故直前に息子と私は車から降りていたので助かりました。
夫はかなりのショックを受けて事故当日は男泣きしてその上八つ当たりされて参りました(=x ェ x=) ひえー
自動車メーカーで開発の仕事をしている夫は、趣味も車です。
日ごろから車の強度や歪み、左右のバランスなどにかなり気をつかっていたので(私が太ると車のバランスが変わるので「右に座れ、左に座れ、」といちいち言うほどです)
廃車にするほどの事故ではないのだけど、
「ぶつけられた場所が悪いから、柱がゆがんで、修理しても車の構造上、強度が怪しくなる」
なんてブツブツ言っていました。
そんなこと言われなくても、私は事故の報告を受けた時点で買い替えを覚悟していました。
だって、うちの人、けっこう後引く性格なんですよ〜。
乗るたび愚痴聞かされるの嫌だし。
というわけで買い換えすることになり、家計は大打撃!!
保険料も上がっちゃうしさぁー===(((((= x ェ x=) 吹っ飛び〜
でもでも、家族全員怪我がなく、ツイていたというべきでしょうね。
それから、姑が昨年暮れから中耳炎をこじらせて、耳の聞こえが極端に悪くなってしまいました。
結局鼓膜の再建手術をすることになり、2月はその入院前の検査や手続きに付き添ってちょこちょこ外出していました。
3月に入り、先週入院し、翌日手術して、あけてビックリ、かなり悪かったらしく、顔面麻痺や味覚障害が起きていないのが不思議なほどだったのだそうです。
単なる聞こえの問題だけではなく、そんなおそろしい症状が出る寸前だったところを回避できて、姑はほんとにツイてる人です。
姑は一人暮らしなので、時々自宅を見に行ってやらなきゃならないのですが、電車とバスを乗り継いで行くので、これもちょっと大変!
私自身の通院(魔法使いの先生)や、息子のてんかんの通院(3ヶ月に1度)、車がないので日々の食材や灯油の買出しも全部重なって、毎日ばたばたしています。
そんなこんなで疲れが出たのか私が感冒性胃腸炎になってしまい、胃が痛くてあまりご飯が食べられなくなってしまいました。
あまり薬に頼らない生活をしていたけれど、今度ばかりは近所の内科で処方薬をもらい飲んでいますが、ちょっとよくなってはまた痛み出すのです。
もう半月になるので、さすがに1kg痩せました。
でもこんなに苦しいのに1kgでは割りが合わないよー!
そんな中、息子は毎日頑張って幼稚園に行ってくれたのでとても助かりました。
姑の病院通いに付き合うときは遠くて一日がかりだったので、延長保育も嫌がらずに行ってくれて、とてもとてもありがたかったです。
最近エンジェルカードを引くと大天使ミカエルからのメッセージが多いのです。
「あなたや家族、家を守っています」とか
「あなたの信ずる道をゆきなさい」
など、力強いメッセージを読んで励まされています。
姑はまだ入院中で、車の納車もまだ、息子は午前保育なので、今日はこれから園にお迎えに
行ってそこいらへんのお店でお昼を食べさせたらお見舞いにいってきマース!!
2月は「にげる」
3月は「さる」
と言うそうですが、
気が付けばもう1ヶ月以上ご無沙汰しておりました。
この間、何をしていたのかというと、何かに打ち込んでいたというわけでなく、なんだか流されるままの毎日でした。
いくつか事件があって、あらら…という間に時間がたってしまったんです。
まず、2月の頭に夫が運転中、住宅街の交差点で左後部をぶつけられてしまいました。
スピードが出てなかったからか、幸い双方に怪我はありませんでした。
こちらの車は夫しか乗っていなかったので、後ろのガラスはめちゃめちゃに割れたそうですが、事故直前に息子と私は車から降りていたので助かりました。
夫はかなりのショックを受けて事故当日は男泣きしてその上八つ当たりされて参りました(=x ェ x=) ひえー
自動車メーカーで開発の仕事をしている夫は、趣味も車です。
日ごろから車の強度や歪み、左右のバランスなどにかなり気をつかっていたので(私が太ると車のバランスが変わるので「右に座れ、左に座れ、」といちいち言うほどです)
廃車にするほどの事故ではないのだけど、
「ぶつけられた場所が悪いから、柱がゆがんで、修理しても車の構造上、強度が怪しくなる」
なんてブツブツ言っていました。
そんなこと言われなくても、私は事故の報告を受けた時点で買い替えを覚悟していました。
だって、うちの人、けっこう後引く性格なんですよ〜。
乗るたび愚痴聞かされるの嫌だし。
というわけで買い換えすることになり、家計は大打撃!!
保険料も上がっちゃうしさぁー===(((((= x ェ x=) 吹っ飛び〜
でもでも、家族全員怪我がなく、ツイていたというべきでしょうね。
それから、姑が昨年暮れから中耳炎をこじらせて、耳の聞こえが極端に悪くなってしまいました。
結局鼓膜の再建手術をすることになり、2月はその入院前の検査や手続きに付き添ってちょこちょこ外出していました。
3月に入り、先週入院し、翌日手術して、あけてビックリ、かなり悪かったらしく、顔面麻痺や味覚障害が起きていないのが不思議なほどだったのだそうです。
単なる聞こえの問題だけではなく、そんなおそろしい症状が出る寸前だったところを回避できて、姑はほんとにツイてる人です。
姑は一人暮らしなので、時々自宅を見に行ってやらなきゃならないのですが、電車とバスを乗り継いで行くので、これもちょっと大変!
私自身の通院(魔法使いの先生)や、息子のてんかんの通院(3ヶ月に1度)、車がないので日々の食材や灯油の買出しも全部重なって、毎日ばたばたしています。
そんなこんなで疲れが出たのか私が感冒性胃腸炎になってしまい、胃が痛くてあまりご飯が食べられなくなってしまいました。
あまり薬に頼らない生活をしていたけれど、今度ばかりは近所の内科で処方薬をもらい飲んでいますが、ちょっとよくなってはまた痛み出すのです。
もう半月になるので、さすがに1kg痩せました。
でもこんなに苦しいのに1kgでは割りが合わないよー!
そんな中、息子は毎日頑張って幼稚園に行ってくれたのでとても助かりました。
姑の病院通いに付き合うときは遠くて一日がかりだったので、延長保育も嫌がらずに行ってくれて、とてもとてもありがたかったです。
最近エンジェルカードを引くと大天使ミカエルからのメッセージが多いのです。
「あなたや家族、家を守っています」とか
「あなたの信ずる道をゆきなさい」
など、力強いメッセージを読んで励まされています。
姑はまだ入院中で、車の納車もまだ、息子は午前保育なので、今日はこれから園にお迎えに
行ってそこいらへんのお店でお昼を食べさせたらお見舞いにいってきマース!!
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